東京ピアノ爆団 2ndリサイタル プレイバック No.2
「それじゃあ大きな拍手でお迎えください、鶴久竜太!」
鳴り響く歓声の中、ピアニストのツルはすうっと舞台に現れた。
その出で立ちは紺のスーツにワインレッドのネクタイというスマートなルックス、僕のような自己主張の激しいうるさい存在感はどこにも見当たらない、気持ちがいいほどの自然体だった。
そんな大人の落ち着いたカッコよさを醸し出す彼にその場を託し、僕は舞台を後にした。
彼の演奏を聴き逃すまいと急ぎ足で客席へと移動する舞台裏の廊下。
既に心地よいピアノの音は響き始ている。
フロアの扉を開けるとそこには僕がずっと夢みていた景色が広がっていた。
Photo by Souji Taniguchi
ぼんやりと心地良く青白い光が反射するステージにはグランドピアノが一台。ピアニストがバッハを弾いている。
そのピアノの音は頭上の2つの大きなスピーカーからライブハウスのフロアに響き、そこにいる100人を超えるお客さん達はお酒を片手に音を楽しんでいる。
バッハのフランス組曲の第6番から、アルマンド。
丁寧に滑らかに紡がれていく音の粒は僕らの心を潤していく。それは誰もが待ち望んでいた音だった。
泉に流れ込む湧き水のように、自然だけれどそこに存在することが奇跡のよう。その音の一粒一粒をずっと抱きしめていたくなるような優しさと温かさ。その全てが僕には本当に愛おしかったんだ。
インパクト勝負の僕のオープニングステージとは真逆で、ツルは音楽を自然にその場の全ての人に届けていた。
「えー、はい。本日はお足元の悪い中来て下さり本当にありがとうございます。」
バッハが終わりマイクを握ったツルは、本当に丁寧なMCを始めた。
彼の前に舞台上でバカみたいに暴れていた僕との対比にフロアからは笑いが起きて、和やかな雰囲気が生まれる。
「続きましてはドビュッシーのベルガマスク組曲をお送りします。」
Photo by Yukino Komatsu
そう彼が言うや否やフロアから上がる期待の歓声。
そして始まるベルガマスク組曲の第1曲「プレリュード」。
心地よい冷たさのドビュッシーの音楽は、予想もしないハーモニーの行き来で僕らを優しく酔わせるウィスキーのように、うす明かりのフロアに緩やかに流れ込んでくる。
心地よい気怠さを孕んだ舞曲「メヌエット」ですっかりドビュッシーの語り方に慣れた僕らは第3曲「月の光」へと向かった。
まさに月光の如く青くぼんやりと光るステージで、軽やかに空気に浸透していく「月の光」に聴き惚れるお客さんの前に、
一体どんな風景が広がっているのだろう?
一体どんな月の光を見上げているのだろう?
そんな事を思いながら僕はフロアの後ろの方で独りで気持ちよく揺れていた。
Photo by Hirokazu Takahashi
僕らは偶然この場に居合わせた百人超のオーディエンスと共にこの音楽を共有している訳だけれど、まるで独りで聴いているような、美しい淋しさを僕はほろ酔いで楽しんでいた。
彼の演奏は本当に誇張せず、そこにある音を丁寧に鳴らしていた。それは深呼吸したくなるような鮮度の良い音。
最後の一音まで常に紳士で、優しい彼の音のままで、それでいて軽やかな可愛さを見せた第4曲「パスピエ」が終わり、ツルのベルガマスク組曲は完成した。
わっと鳴り響く拍手と歓声。それに混ざってお客さん同士が乾杯するグラスのぶつかる音なんかも聴こえてくる。
「最後にピアノ爆団をイメージして一曲用意してきたので、それで最後にしたいと思います。今日はありがとうございました。」
爆団らしい曲。
そういって紹介された曲はカプースチンの即興曲だった。
ニコライ・カプースチンは20世紀のロシアで活躍した、ジャズとクラシックをミックスした作風が人気の未だ現役の作曲家。
Photo by Yukino Komatsu
ツルは僕の高校の先輩で、ジャズピアニストとしても活躍している。そんなクラシックとジャズを行き来する彼だからこそ映える一曲で、水を得た魚のようにアグレッシブなリズムの上で次々とジャジーな不協和音を奏でていく。
でもその曲はよく聴けば聴くほどにクラシックで、その緻密な構成はまるでプロコフィエフやストラヴィンスキーのような20世紀のロシア近代の音楽のそれと同じ空気を感じた。
最後までチャーミングで最高にクールだったその男は弾き終えると、フロアからの歓声に一礼し、颯爽と舞台裏に帰っていった。
こうして、東京ピアノ爆団2ndリサイタルの本編は最高にカッコよく始まったんだ。
続く。